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福岡高等裁判所 昭和55年(う)698号 判決 1981年8月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官丸山利明(検察官新野利作成名義)が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、弁護人坂口孝治が差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

右控訴趣意(事実誤認に基づく法令適用の誤)について

所論は要するに、

「被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和五五年一月一四日午前七時一五分ころ、大型貨物自動車を運転し、北九州市小倉北区井堀三丁目二七番二二号先の交通整理の行われている交差点を国道三号線方面から戸畑方面に向け南から北に時速約四〇キロメートルで進行したが、同交差点出口の横断歩道から約五メートル前方には左方から交差する見通しの悪い道路があり、同道路からの車両は、前記交通整理の行なわれている交差点の信号に従い進路前方に進入することが予想されるのであるから、自動車運転者としては、交差点の対面信号に注意し、信号機の表示に従って進行するはもちろん、左方道路から進入して来る車両との安全を確認して進行し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、進行中の第一通行帯から第二通行帯に進路を変更しようとして右後方の交通状況に気をとられ、右信号機が赤色燈火信号を表示しているのを看過し、左方の安全確認を尽くさないまま漫然従前の速度で進行した過失により、折から左方道路から自車進路上に進行して来た福元利男(当四七年)運転の原動機付自転車に自車の左側面部を衝突転倒させ、よって、同人をその場において頭蓋骨複雑骨折により即死させたものである。」との公訴事実に対し、

原判決は、被告人が、公訴事実の日時、場所において大型貨物自動車を運転し、公訴事実のとおりの関係状況にある交差点(以下「隣接交差点」という。)において、信号機の表示する赤色の燈火信号を看過し、時速約四〇キロメートルで北進したところ、同交差点出口(北側)の横断歩道の北方約四メートルの地点にある本件事故の発生した交差点(以下、「本件交差点」という。)に進入した際、同交差点から西方に向かう道路(以下、「左方道路」という。)より本件交差点に右折のため進入してきた福元利男(当時四七歳。以下、「福元」という。)の運転する原動機付自転車に、右大型貨物自動車左側面(同車の先端から二・九五メートル後方付近)を衝突させて同人を路上に転倒させ、その結果同人をその場において頭蓋骨複雑骨折により死亡させたことは認められるものの、本件交差点は交通整理も行なわれておらず、隣接交差点とは別個独立の交差点であるから、隣接交差点の表示する信号による交通規制に服するものではなく、かつ本件交差点内には被告人の進行した道路(以下、「南北道路」という。)の中央に道路標示により中央線が設けられていて、南北道路が優先道路となっており、これと交わる左方道路から本件交差点より南側の南北道路に対する見通しは、同道路の西側端に設置された防音壁に遮ぎられて悪く、左方道路からの交差点入口(西口)手前の側端には一時停止の道路標識も設置されていたのであるから、左方道路から進入して本件交差点を通行する車両は、南北道路を通行する車両の進行を妨害してはならない道路交通法上の義務を負うものである。したがって、被告人としては、福元が同義務及び右の一時停止義務に従い被告人に進路を譲り、被告人の進路に進入してくることはないものと信じて、通行することができたものであって、福元がこれらの義務に違反して自己の進路に進入してきて本件交差点で衝突事故を惹き起こすおそれのあることを予見し、これを回避すべき義務もなく、被告人が隣接交差点において信号機の表示する赤色の燈火信号を看過して進行したことと本件事故の発生との間に法律上の因果関係を認めることはできず、本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するとして、被告人に対し無罪の言渡しをしたものである。

しかし、これは福元のように左方道路から本件交差点に進入する車両の運転者が、隣接交差点の信号に依存し、これにより交通の安全を確認するのを常態としている本件交差点の特殊性及び被告人においてもかかる状況にあることを知っていた事実を誤認し、その結果注意義務に関する法令の適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というに帰する。

よって検討するに、原審並びに当審において取り調べた各証拠、就中後記挙示の証拠によれば、

1  本件道路における北九州市小倉北区井堀三丁目二七番二二号先の交通整理の行なわれている隣接交差点は、その南側が車道幅員約一四メートルで、片側が二本の通行帯に区分された国道に通じ、同交差点の北側は車道幅員約一二・五メートルで、片側に二本の区分通行帯を有する国道に通じると共に、同交差点から東方に通ずる車道幅員約九メートルの道路(以下、「右方道路」という。)とが丁字型に交わる交差点であって、南北の長さは約二〇メートルで、信号機による交通整理が行なわれていたこと、次に、この隣接交差点の北側付近には、東西に向かって幅員約四・四メートルの横断歩道の道路標示がなされ、その両端には歩行者用信号機が設置され、同信号機と隣接交差点に設置された信号機とは一体となって作動し、交通規制を行なっていたこと、

2  本件交差点は隣接交差点の北側にあって、南北道路と西方に向かう幅員約五・六メートルの左方道路とが丁字型に交わる交差点であって、隣接交差点(北側)と本件交差点(南側)との距離は約六・三三メートル(原判決の距離八メートルとの認定は誤認)であり、本件交差点には信号機の設置はなく、交通整理は行なわれていなかったこと、なお、本件交差点内には南北道路の中央に道路標示により中央線が設けられ、また、本件交差点より隣接交差点にわたり、その西側に防音壁が設置されているため、左方道路から本件交差点より南方に向う南北道路に対する見通しは著しく悪く、左方道路から本件交差点に進入する入口の手前には一時停止の道路標識が設置されていたこと、

3  隣接交差点の北側付近の横断歩道の両端に設けられた歩行者用信号機と南北道路に対面する隣接交差点の信号機は前示の如く連動し、歩行者用信号機が青色の燈火を表示していたときは、右の南北道路に対面する信号機は必ず赤色の燈火を表示していたこと、他面、左方道路から本件交差点に進入する場合の入口手前に表示された一時停止線付近から隣接交差点東側付近は十分に見通すことができ、右方道路から隣接交差点に進入したうえ右折してくる車両の有無は容易に確認することができたのであるけれども、右の一時停止線付近から南北道路を北進する車両の有無を確認することは前記防音壁に遮られて著しく困難であったこと、かつ南北道路は車両の交通が頻繁で、隣接交差点の南北道路に対面する信号機が青色の燈火を表示している間は本件交差点を北進する車両が絶え間なく続くため、車両が左方道路から本件交差点に進入して右折しうるのは、実際上隣接交差点の南北道路に対面する信号機が赤色の燈火を表示しているときに限られていたこと、そのため左方道路から本件交差点に進入し右折する車両の運転者は、前記横断歩道の東端に設けられた歩行者用信号機の表示する信号に注意し、これが青色の燈火を表示しているときは、南北道路を北進する車両は隣接交差点の南側で停止し、本件交差点に進入してくることはないものと判断し、右方道路から隣接交差点に進入し右折する車両の有無だけを確認し、本件交差点の直前で一時停止することなくこれに進入し右折していたのが実情であったこと、なお、被告人はトラック運転手として一か月に一五日位の割合で本件交差点を北進していたので、本件交差点付近の道路及び交通の実状殊に左方道路からの右折車両の進入状況などを知悉していたこと、

4  被告人は昭和五五年一月一四日午前時一五分ころ大型貨物自動車(以下、「被告人車」ともいう。)を運転して、南北道路の西側第一通行帯を時速約四〇キロメートルで北進し、隣接交差点の手前(南方)約六〇メートルの地点で同交差点の対面する信号機が青色の燈火を表示していたのを現認したが、その後は右信号がなお青色の燈火を表示し続けているものと軽信して、信号を見ないで進行し、隣接交差点を通過し本件交差点内を進行したとき、たまたま左方道路から本件交差点内に進入して右折しようとしていた福元運転の原動機付自転車(以下、「被害車」ともいう。)に気づかぬまま、同車前部付近に自車左側面部(同車の先端から約二・九五メートル後方付近)を衝突させて同人を路上に転倒させ、その結果同人を頭蓋骨複雑骨折によりその場に即死させたこと、なお、隣接交差点の南北道路に対面する信号機の周期は青色七六秒、黄色三秒、赤色三三秒であり、被告人車が隣接交差点の北端からその南方三〇メートルの地点に達する以前に、右信号機は黄色の燈火を表示し、該北端を通過した時点では赤色の燈火を、前記歩行者用信号機は青色の燈火を、それぞれ表示していたこと

以上1ないし4の事実を認めることができ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討してみても、右認定を左右するにたる証拠はない。

そこで、右に認定した事実関係の下における本件事故に対する被告人の過失の有無について検討すべきところ、

前記1の事実によると、本件交差点は隣接交差点とは一応別個独立の交差点と解され、交通整理の行なわれていなかった本件交差点において、南北道路は左方道路に対し優先道路であるので、その限りでは左方道路を通行する車両は、優先道路を通行する車両の進行妨害をしてはならないのである。(道路交通法三六条二項)したがって、本件において特段の事情が認められない限り、原判決の説示するように、優先道路を通行する被告人としては、左方道路から本件交差点に進入する車両が右の進行妨害避止義務を遵守するのを信頼して被告人車を運転すればたり、この義務を怠って本件交差点に進入右折しようとする車両のありうることまで予想すべき注意義務はないものといえよう。

しかしながら、本件の場合右にいわゆる特段の事情の存否こそ検討を要するところである。

先ず、前記3の事実関係によれば、本件交差点と隣接交差点は位置的に極めて近接し、機能的には交通信号に媒介されて、実際的には統一的な交通規制であるかの如き関係状況が事実上醸成されていたこと、かかる実情とくに、左方道路から本件交差点に進入し右折する車両の運転者は、隣接交差点の北側付近横断歩道の東端に設けられた歩行者用信号機に依存し、これが青色の燈火を表示するときは、隣接交差点の南北道路に対面する信号機は赤色の燈火を表示するところから、南北道路を北進する車両は右信号に従い隣接交差点の南側で停止し、本件交差点に進入してくることはないものと信じ、右方道路から隣接交差点に進入し右折する車両の有無だけを確認して、本件交差点に進入し右折する実状にあったことが認められ、更に、右3末尾の事実関係によれば、被告人は本件交差点における車両交通の実情、とりわけ左方道路からの右折車両が前示の如き進入状況にあることも知り得たものと認められるので、自車の対面する信号が赤色であることを認知すれば、左方道路から本件交差点に進入し右折する車両と衝突事故を惹き起こすおそれのあることを予見することもできたはずであるから、本件交差点への進入を思い止まり、おそらく対面信号に従い直ちに停車する措置を講じて衝突事故の発生を未然に防止したであろうと推認される。

しかるに、前記4の事実関係によれば、被告人車が隣接交差点の北端からその南方三〇メートルの地点を進行していたときには既に同交差点に設置された南北道路を進行する車両の対面する信号機が黄色の燈火を表示し、同交差点の北端付近の横断歩道に達するころには右信号機が赤色の燈火を、同交差点と本件交差点の間の横断歩道の両端に設けられた歩行者用信号機は青色の燈火をそれぞれ表示するに至っていたことが認められる。

しかして、右は被告人が対面する信号機の表示する信号を注視していなかったため、同信号機が黄色燈火を表示していたことも、その後赤色燈火を表示していたことも看過したことに因るものであり、かかる状態で被告人が漫然従前の速度で進行したことにより、本件事故を惹き起こすに至ったものである。

ところで、本件交差点は以上のような関係状況にあるため、隣接交差点の南北道路に対面する信号機が赤色燈火(歩行者用信号機は青色燈火)を表示する限り、左方道路から同交差点に進入し右折する車両に南北道路の車両に対する進行妨害避止義務は全く期待できない実情にあり、かつ被告人においてもかかる実情にあることを知り得たことが窺われる本件において、被告人において被害車のような左方道路からの右折車両が被告人車の進路に進入しないものと信じるのが相当であるとは到底認められず、しかも、被告人の側においては、赤信号無視という交通の安全確保のための最も基本的な交通法規違反があり、それがなければ本件事故は生じなかったことも明らかである。したがって、右の諸事情は原判決のいうような信頼の原則を是認することができない特段の事情にあたるものというべきであると同時に、被告人に対し後記の如き注意義務違反を肯定すべきところであって、被告人はその業務上の過失責任を免れないものといわなければならない。

そうすると、本件公訴事実につき犯罪の証明がないことに帰するとして被告人に対し無罪の言渡しをした原判決は、注意義務の前提事実を誤認し、不当に信頼の原則を適用し、これがため被告人に要請されるべき注意義務の構成を誤ったものというのほかなく、右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。

それで、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、更に次のように判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和五五年一月一四日午前七時一五分ころ大型貨物自動車を時速約四〇キロメートルで運転し、北九州市小倉北区井堀三丁目二七番二二号先の交通信号による交通整理の行なわれている交差点(前記隣接交差点)に差し掛かったところ、同交差点は南北の長さが約二〇メートルもあり、しかも、わずか約六・三三メートルの距離をおいてその北側に隣接する交差点(前記本件交差点)があって、交通整理は行なわれていないうえに、その西方に通ずる左方道路からは被告人車の進行する南北道路に対する見通しが著しく悪く、南北道路における車両の交通も頻繁であるため、左方道路からの車両が本件交差点に進入して右折しうるのは、実際上隣接交差点の南北道路に対面する信号機が赤色の燈火を表示し、その北側付近に東西に向かって標示された横断歩道の東端に設置された歩行者用信号機が同時に青色の火燈を表示するときに限られていたので、左方道路からの右折車両は、この関係を利用し、右各燈火信号に依存して、右の場合は南北道路を北進して本件交差点に進入する車両はないものと信じて、本件交差点に進入右折するのが常態となり、被告人においても右の如き交通の実情を知っていたので、被告人車がそのまま進行すれば、本件交差点において、左方道路から進入して右折する車両と衝突事故を惹き起こすおそれのあることも予見できたのであるから、自動車運転者としては隣接交差点の対面する信号機の表示する信号に注意し、同交差点に進入する際同信号が赤色の燈火を表示する限り、前示の如き関係状況にある本件交差点における左方道路からの右折車両に対する安全をも配慮し、直ちに停車する措置を講じ、もって該車両との衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右信号が同交差点の北端付近において赤色の燈火を表示しているのを看過し、漫然従前の速度で進行した過失により、左方道路から本件交差点に進入し右折しようとしていた福元利男(当時四七歳)運転の原動機付自転車に気づかないまま、同車前部付近に自車左側面(同車の先端から約二・九五メートル後方付近)を衝突させて同人を路上に転倒させ、よって同人を頭蓋骨複雑骨折によりその場に即死させたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するから所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮六月に処し、なお情状により刑法二五条一項一号を適用して、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書に従い被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 吉永忠 池田憲義)

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